Column :: vol.15 | 親自然のライフスタイル

カリキュラム化された自然との対話

今日私達は、自然環境が地球規模の脅威にさらされていることは、新聞やテレビでしっています。
ところが、身近な自然に体で触れること、つまり小川の魚、池の蛙を手にしたり、農業を手伝ったり、
草花を育てる機会が、極端に少なくなりました。
それは、30,40年前の子供とは、大きく変わった現象です。

森の生態系や酸性雨、オゾンホール、地球温暖化といった知識も報道も無かった時代の子供たちが、
自然の中で遊んだ経験を持ち、地球環境の危機が叫ばれている現代の子供たちが、体で自然に触れていない。
れんげ畑に寝転んで、ひばりの鳴き声を聞いたり、
雲の動きを何かの形になぞらえて眺めたりした経験のある子供と、
サッカー教室や学習塾にスケジュール管理されている現代の子供たちとでは、
環境問題の捉え方自体違ったものになっているのではないでしょうか。
どこかバーチャルで実感の薄い他人事、別世界のものとして捉えているのではないか。

自然は学習するものに変わりつつあります。
自然塾、学校での自然科学観察教室等、日常の生活とは距離を置いたカリキュラムの一環としてしか、
自然と触れることができない子供達が増えています。

自然欠乏症候群

“人間と動植物が一体の世界観”のDNAをもつ日本の子供達にとって、自然に体で触れることが欠乏し、
自然界との間の亀裂がますます広がっていくことによる悪影響が心配されます。

幼少期に欠かせない母親の愛情と同様に、
自然に体で触れることは、健康な心身の発達に必要不可欠なものと考えます。
自然に触れることは、子供の成長や心の安定に大きな役割を果たしており、
その社会的、心理的、精神的関わりについて様々な調査結果も発表されています。
最近よく聞く「多動ぎみ」の子供も、自然に触れる生活をすることで症状が改善されるという調査報告もあります。

街づくり、家づくりにおいては、日常生活の中で自然と身近に触れる環境設計と持続可能で
その環境が継承されていく「仕組み」を工夫することが必要です。
自然と触れることは心のビタミン剤であり、
自然欠乏症候群(実際にこのような病名はない)の子供をなくさなくてはなりません。

かつての日本人のすべての生活がそうであったように、
自然に生かされ、自然に学び、自然の中に人間が組み込まれていることを自覚している。
自然の力、大地の力に跪き、美しい自然に感動し、海の幸、山の幸に感謝する。
自然への畏敬の念を大切にしながら、自然とともに暮らす”親自然のライフスタイル”が今、求められています。

次回おたのしみに!